■○フェルメールのクリスマス ミステリー○■
20○○年の12月 オランダ、ハーグのマウリッツハイス美術館から、何者かによって、フェルメールの『真珠の耳飾の少女』から、”真珠の耳飾”が、盗難に遭う、という大事件が発生するのである。
盗難の事実が分かったのは、12月25日の早朝、数点の絵画が日本の美術館の展覧会に出品されるということで、数人の学芸員が作品のチェックをしていたところ、”どうも作品が変だ”ということで、発覚したのだった。
何が変か?というと、何とあの『真珠の耳飾の少女』の絵から”真珠の耳飾”が消えていたのだった。(絵画の盗難ではなく、宝石の盗難???)まさに、クリスマスのミステリーであった。
フェルメール絵画は、過去にも何度かIRAOの国際テロ組織により盗難にあっており、今度も政治的犯罪なのか? それともフェルメールの熱狂的愛好家によるものなのか、しかし、窃盗犯の痕跡はまったく無く、この奇妙な大事件は暗礁に乗り上げてしまうのであった。
盗難前の唯一の怪しい出来事と言えば、事件前に、マウリッツハイス美術館では、天井の補修工事があったのであるが、勿論コンピューター制御の最新の赤外線防犯システムにより全ての美術品は完璧に守られており、防犯システムには何の異常も残っておらず、美術館での盗難は、不可能と結論付けされたのであった。
その盗難の見事さから、その後、世界各国の新聞は、『怪盗ルパンあらわる! フェルメール絵画から”真珠の耳飾”盗難!』と書きたてたのであった。まさに、プロ中のプロの仕業であり、クリスマスの時期とも重なり「クリスマスのミステリー」として世界的大事件となるのであった。
ハーグのマウリッツハイス美術館には、ジョンという一人の若い学芸員がいた。子供の頃からの絵画好きで、一時は、画家への道を志したこともあったのだが、サラリーマンの経験後、今は、美術館の学芸員となっていたのである。絵画好きのジョンにとっては、毎日好きな絵を鑑賞できることとなり、毎日それなりの満足を得ていたのであった。
そしてそれは、20○○年の12月24日のことだった。ジョンは、恋人のジャスミンを誘い、閉館後の美術館でのデートを画策するのだった。夜9時ごろ、美術館の各部屋を回りながら・・・、そして、あの『真珠の耳飾の少女』のある部屋へとやってくるのであった。
ジャスミンは、ジョンに
「ジョン、ありがとう。 夜の美術館、なんてロマンチックなんでしょう・・・、一度ゆっくり見てみたかったの、あっこれはフェルメールの『真珠の耳飾の少女』ね。 ねえジョン、私ちょっとこのモデルに似ていない? 時々友達にそう言われるのよ。」
「あっそれ以上近づいたらダメだよ、赤外線の防犯システムが作動しちゃうよ! この絵は、不思議な絵なんだよ。ぼくがこの部屋に入ると、遠くからでもこの絵のモデルは僕をみつけて、それからじっと僕を見つめているんだ。この部屋を出るまで、ずっと見つめているんだよ。」
「さすがは、フェルメールの絵ね・・・。 まあ、美術館のお話としては、よくある話よね。時々表情も変わるんじゃないの?」
「そうなんだ。今日は、ほほを膨らまして、すこし怒っているみたいだよ。」
「ジョン、上手ね!、初めからそう言うのが、今日の計画だったの? ウフフッ この絵は、面白いわ。キリスト教徒がターバンを巻いているの、しかもターバンは、イスラム教徒の男性の衣装よね、女性のものではないわ!」
「ジャスミン、よく知っているね。僕も不思議なんだよ。そのほかいろいろ不思議なことだらけなんだけど・・・。」
「たとえば、どんなこと?」
ちょうどその時、天井の補修工事のビニールシートが風に吹かれてめくれ上がり、折りしも満月の光がさっと美術館の中に差し込んだのである。さらに風によって満月の近くの雲も吹き飛ばされたのか、満月の光は、『真珠の耳飾の少女』にちょうど差しかかるのである。
すると、絵画が急にブルーの色に点滅すると、中から女性の声がするのだった。
「こんばんわ、お二人さん! この日を待っていたわ! 350年もね! ジョンとジャスミンとか言ったわね。」
「あっ! 絵がしゃべったわ! あなたは・・・・ 誰!」
あたりの空気は、一瞬にして、凍りつくと・・・
「私は、フェルメール! 正確には、私は、フェルメールの娘のティアラ・フェルメールよ!」
ふたりは、あとずさりしながら、ジョンはかろうじて、とどまりながら尋ねるのだった。
「どうして、君は、おしゃべりができるんだい?」
「そうよ、よく聞いてくれたわ。この日がくるのをずっと待っていたの、何でもお話してあげるわ! まずあなたたちが一番知りたいこと、それは、なぜ、私が絵の中からおしゃべりしているかということよね。」
「う〜ん・・・どこから話そうかしら、お話には、順序というものがあるのよ。 ・・・私の父は、フェルメール。この絵の作者よ。父は、画家としては、天才よ。毎日とてもよく勉強していたわ。絵画の研究、特に遠近法・・・アトリエの四角いタイルや窓枠は、奥行きを表すのにとても都合がよかったわ。それから物体と光の関係ね。カメラオブスキュラを使って、光の反射による光の泡を発見したのよ。光の泡は、お天気の良い日には、空気中にプカプカと浮いているの。 よく父は、窓際の明るい光が差し込むアトリエで絵を描いていたわ。そこで、カーテンに光の反射でできる光の泡を見つけたのよ。私も見せてもらったわ。それから、キリスト教の教義についての知識にも実に詳しかったわ。
そういえば、ジョン、あなたは、『この真珠の耳飾は、少女には不釣合いな高価なもの・・・。』と、この絵を見るたびに言っていたわね。 そうよ、そのとおりなのよ。旧約聖書のマタイ伝には、『天の国の人は良い真珠を探している商人に似ている。高価な真珠を
一つ見つけると、持っているものをことごとく売り払って、それを買い求めるのである。』とあるわ。 人間はずるいし、貪欲だわ、しかしどんな高価な宝石も、宝石がいくら永遠でも、人間にとって、結局、お金や財産・知識も全て虚しいものであり、時間は全てを奪い、"死"には現世のどんなものも逆らえない・・・真珠の耳飾は、そういう事を暗示しているのよ。
フェルメールも、この絵の為に、借金までして、高価なラピスラズリを沢山購入したわ。でもそれは、フェルメールにとっては、それが結果として、どんなに虚しいものであっても、芸術という欲望の為には、止めることはできなっかたわ。
それから、この絵の中にあるのは、”2つの輝き”なのよ。”永遠の宝石の輝き”と、”限りある人間の輝き”、この2つは相反する対照的なものだけど、人間にとって、いずれは、時が過ぎれば、すべてが”無”となるのよ! この世にあるものすべてに何の意味があるというの? 意味のあるものは、一時は意味があっても、いずれ時間が過ぎれば、意味の無いものに変わってしまう、金と同じ価値のラピスラズリも、どんな高価な、・・・真珠の耳飾もね。
フェルメールは絵画の天才だったわ。でも一つだけ心配ごとがあったの、それは、”時間”よ。どんなに絵の天才でも時間には勝てなかった。限られた時間では、絵の才能も限られていたわ。『後世に、フェルメールの名前が残るだろうか。時とともにいつか消えてしまうのだろうか?』 いつもそんなことを言っていたわ。父は、永遠の名声が欲しかったのヨ! フェルメールにとって、全ては、”光”だったの。"光"こそフェルメールがたどり着いた、"希望"そのものだったのよ!」
「そうか、”希望の光”が、この絵のテーマだと言うのだね。今では、フェルメールは『光の魔術師』とか『光の芸術家』と言われているんだよ。」
「ありがとう、それを聞いて、うれしいわ。でもこの絵は当時のキリスト教徒には、理解できなかったわ、カトリックもプロテスタントも、この絵の価値が分からなかったの。無理もないわね。残ったのは、ラピスラズリの多額の借金だったわ!」
「次に、私のことね。フェルメールは、ラピスラズリを使って私に魔法をかけたのよ。ラピスラズリの青は『月の光』よ、真珠は、『月のしずく』、2つとも『月』を意味しているの。月の魔力を使って、私に魔法をかけ、私をこの絵の中に永遠に閉じ込めようとしたの。それは、私も半分は望んだことではあったのだけれど、350年の歳月は、さすがに長かったわ。そろそろこの役目から降りたいと思うようになったの。この魔法を解くには、やはり月の力が必要なの、ラピスラズリの12月の満月の月の光がこの魔法を解くカギとなるのよ。」
「この魔法は、もうすぐ解けるわ。”希望の光”か・・・今日が、私のその日だったのね・・・!」
「よかったね、おめでとう」
「ありがとう」
「ところで、ティアラ、ターバンは何、女性がターバンというのはなぜ?」
「その昔の11世紀頃のローマ時代に、キリスト教徒は、聖地エルサレム奪還と言って、十字軍をペルシャに遠征させてイスラム教徒と戦争をしたわ。その後も、キリスト教徒もカトリックとプロテスタントに分かれて、戦争をしたの。でもそこからは、何も生まれなかったの。そもそも、キリストもマホメットも宗教は人々を幸せにするためのもの、それが同じ人間がいがみ合って戦争をするなんて、思いもよらなかったと思うわ。そして17世紀も後半になるとヨーロッパでも、宗教戦争も落ち着いて、カトリックもプロテスタントと共存するようになったの、ドイツ30年戦争(1618〜1648)が宗教戦争の最後だったわ。でも一部の急進的な宗教家は、まだいがみ合っている。愚かなことだわ。この絵は、そんな現実世界を皮肉ったのね。 実際、外見的には、イスラムのターバンをした者が、実はキリスト教徒でもいいじゃない。男性が女性の格好をしたり、女性が男性の格好をしてもいいじゃない。どこがいけないの? 人間が作った"形"に何の意味があるというの? と、フェルメールは言いたいのよ。」
「IRAOの国際テロ組織が、フェルメールの絵画を狙うのは、フェルメールの絵に宗教の冒涜を見たからなんだね・・・!」
「ティアラ、もう一つ教えて、あなたは、いつも何か言いたげだけど、何を言おうとしているの。」
「『私は、フェルメール。あなたが、呼び止め、あなたが尋ねたから、私は、答えるの・・・私は、フェルメール。』 ・・・親愛なるフェルメールの為に・・・。 この絵すべてが、フェルメールという意味よ。つまり、フェルメールは自画像をこの絵に描いたのよ。」
「え、つまり、フェルメールは、あなたで、・・・フェルメールは、女性だったの?」
「違うわ、私はフェルメールの娘の ティアラよ。」
「もっと、本質的なことよ。 フェルメールは、この絵に託したのよ。この絵に描かれた全てのものが、フェルメールの心の自画像・・・そのものなのよ。」
突然雷のような音と光が、フラッシュライトのように点滅すると、ティアラが絵の中から、ジョンとジャスミンの前に現れると、今度はジャスミンが青い光に包まれながら、絵の中へと吸い込まれていくのだった。もちろん青いターバンの少女の姿となって、絵のなかへ・・・・。そしてティアラは、ジャスミンの姿となって、ジョンの隣にたたずむのだった。
「え! ダメ・それはダメよ。イヤ!・・・ それだけは、ダメ! ジョン助けて〜!」
ジャスミンはこちら向きに叫びながら、絵の中に入っていき、やがて、ジャスミンは、絵の中にピタリと納まったのである。・・・まるで・・・何事もなかったのかのように・・・・。
さて、ここは、12月25日の夜、クリスマスツリーのイルミネーションに飾られた、ジョンのアパートの一室。
「ねえ、ジョン! 乾杯しよう! 二人の作戦は、うまくいったわね。ジャスミンは、絵の中に入っちゃったわ。果たして、いずれ私のように、あの絵から抜けられるかしら。」
「人間はずるいし、貪欲だと教えたのに、・・・・ 恋人に裏切られるなんて・・・。 でも一つだけ私も、ミスをしたわ。真珠の耳飾をジャスミンの耳につけるのを、忘れちゃったの!」
「来年の12月の満月の夜、返しに行こうか・・・・!」
「か・え・し・に・○・○・○・○?」
・・・来年に つづく・・・
そこで、もう一度この絵を見ると、・・・見えてくるのである。
(注)最後に一言だけ、『絵画鑑賞に、理屈はいりません。遊び心の物語であることをご理解ください。』
★2012年9月12日、東京都美術館の、マウリッツハイス美術館展に行ってきました。チケットを買うのに30分ならんで待って、外で1時間以上待って、中に入ると、『真珠の耳飾の少女』の手前で又、30分待って、この絵を見たのは、『はい、立ち止まらないでください!』の声と共に、ほんの2、3秒だったのでした。でも、”我が家の少女”と一緒に、見れたのでした。まあ、いいか … …!
さらに、フェルメールの遠近法の秘密へ
今日のミステリーへ