〇盲目の子キツネとその母キツネ★
本編
夜の戸張もすっかり降りて虫の音さえも寝静まる頃、外では生暖かい風が吹き、何やら得体の知れぬ…妖気の気配が…。
突然庭先に一陣の真っ黒いつむじ風が、くるくると 巻き上がると縁側の雨戸の隙間からすうっと屋敷にその黒い影が吸い込まれるのである。
まず動いたのは、矢沢の家来達である。御坊から渡された魔除けの御札を戸の隙間、雨戸の隙間にぺたぺたと貼り付け、御坊から教わったとおりに印を結ぶのである。次に屋敷の周りに松明を灯し、昼間のように明々と屋敷を照らすと、各々、槍や刀を構え、結界の張られた屋敷をぐるりと取り囲むと、今宵の陣は、整ったのでした。これで魔物は袋のねずみ、結界を破っては逃げられまい。
一方、屋敷の中は、…
雨戸の隙間から吸い込まれた黒い影は、矢沢のそばをすうっと通り過ぎ、いつものように盧伯斎の寝所に入るのである。
『う〜う〜・・・!』
盧伯斎は突然今夜も、天井の梁が落ちてきたような錯覚に襲われ、突然金縛りに合うと、徐々に額に汗が吹き出すのである。
今だ! さっと引き戸を開けて現れたのは熊谷寺の御坊であった。右手に水晶の数珠を持ち、しわがれ声でお経唱えながら現れたのである。
『おん、あぼきゃべいろしゃのうまかぼだら、まにはんどまじんばらはらはりたや・・・おん!! おんあぼきゃ・・・・』
御坊のしわがれ声は屋敷中に、じんじんと響き渡るのである。
すると、水晶から突然青い光が、蘆伯斎の体に覆いかぶさった物体と繋がると、目も眩むような閃光が・・・
”ピカッ!!”
『魔物よ!・・・退散・・・!』
一瞬、魔物も大きくのけ反ったのだが、次の瞬間、どうしたことか、消えたのである。魔物が消えたと思ったら、突然、御坊がひっくり返ると、
『う〜う〜…!』と御坊が脂汗をかいて、苦しみもがきだしたのである。
しかし、魔物の姿は、どこにも見えず・・・。
今度は甲斐姫と源助が、魔物は、この部屋の何処かに潜んでいるに違いない。そっと半眼の術にて気配を探ると、懐から、油紙の袋を取り出し、
『えい! えい!』
と、それとおぼしきところに、袋を投げるのである。袋の中身は、紅花を煎じた真っ赤な水であった。
すると、見えるぞ、見えるぞ、魔物に袋がいくつか当たり、紅花の紅で魔物が見えるのである。次に甲斐姫は、
『さて、次鋒は、源右衛門であるか・・・かかれ!!』
と、采配代わりに扇子を揮うと、
『いざ! 心得たり!』
源右衛門は、するするとすり足で進み出る。
”ビン!””ビン!””ビン!””ビン!”
まず、源右衛門は、平将門の弓を持つと、右手で、弦をはじくのである。
『う〜う〜…!』
これには、さすがの魔物も苦しみだすのである。
さらに源右衛門は、藤原秀郷の弓に、鏑矢をつがえると、『南無八幡大菩薩!』今まで曲がっていた腰がしゃんと伸びて、きりきりきりと弓を引き絞り、ひょうとはなつと、
”ビューん!””ビューん!”と奇怪な音を立てて、みごとに魔物に命中するのである。
たまらず魔物は、障子を破って廊下へ、しかし、雨戸にぶつかると、さすがに結界をはられた雨戸は、破れずに、”どっし〜ん”と、廊下へ転がり落ちるのであった。
『うわあ〜』
と叫んだのは、豪傑矢沢の叫び声!
『矢沢、大事ないか!』
と甲斐姫が叫ぶ
”とったど〜!”
と矢沢の叫び声
弱った魔物は、矢沢に布団を被せられ、ついに、取り押さえられるのである。廊下にでると、矢沢は、真っ赤な魔物に馬乗りとなっていたのである。
しばしの静寂が、・・・・・・・・
甲斐姫は、魔物の前に方ひざ付くと、やさしく、こう言うのだった。
『魔物、魔物と言われるは、心外であろう、何か・・・じじ様に恨みでもあるのか?・・・』
魔物は、弱々しい声で、こう言うのだった。
『私は、今からおよそ、50年前・・・ とある日の事でした。立派なお屋敷の裏山に柿の実が真っ赤に熟れる頃、盲目の子ギツネは、裏山のおいしい柿の実が食べたいと言った。
しかし、私は、『裏山には人間がいるから嫌だ。』と言った。しかし、盲目の子ギツネは、どうしても行きたいと言ってきかなかった。しかたなく私は、柿の実を求めて、この裏山に登るのでございました。
すると、突然、人間の子どもの笑い声と同時に、体には、強い痛みが・・・そう、私と盲目の子ギツネは、侍の子どもに、次々と弓で矢を射られたのです。それからは、いったい何がどうしたものやら・・・。
・・・気がつくとそれからは、盲目の子キツネを探す日々でございました。しかし、どうしても見つからないのです。私の子ギツネは、いったいどこに行ってしまったのでしょうか・・・?
ある日、ふとしたことから侍の子どもが、成田の殿様と知れたのです。
あれから、50年の歳月がたちました。盲目の子ギツネの仇と思い、大殿様を絞め殺そうと機会をうかがっておりましたが・・・お城の中は、結界がはられ、用意に入ることができません。また、成田の殿様の御威光もあり、たやすく近づくことが、できなかったのです。されど、このたびご隠居の身となり、お城から出て、この裏山にお屋敷を建てたと聞き、この時と思い、毎夜、忍び込んだのです。』
『ああ〜・・・思い出したわ、確かに子どものころ面白半分に、キツネの親子を弓で射殺した事があった。年老いた母キツネは、そのまま討ち捨てたが、立派なしっぽをもった子ギツネは、皮をはいで、・・・いやはや、若気のいたりとは申せ、無益なことをしたものよ!・・・すまぬ!』
すると、突然、床の間の鎧びつが、ガタガタと音をたてて揺れだすのだった。
『母さん!その声は母さんだね!思い出したよ、その美しい声は母さんだ! 誰だ、母さんをいじめるのは!?』
鎧びつがバンと弾けると、中から白い光の塊が飛び出すとバーン、バーンと天井に当たり雨戸に当たりながらめちゃくちゃに飛び回ると、
『母さんは、ここだよ』
の声と同時に、矢沢に体当たり、さすがの矢沢も弾き飛ばされ雨戸を破って、廊下から庭に、ドッシーンと、転げ落ちるのである。
『母さん、あ〜あ、母さんだ‥‥おのれ‥』
怒りに満ちた子ギツネは、ついに母キツネと一体の光の塊となるのだった。
『まずい、子ギツネが母キツネと合体したぞ!』
『うお〜!ああ〜、見えるぞ、見えるぞ!母さん、こいつらだね、母さんをいじめていたのは‥』
合体し、再び力を得た魔物は、益々大きな光となり庭の松の枝先を荒れ狂い、大きな円を描いて、グルグルと飛び回るのであった。
御坊は、
『おん、あぼきゃべいろしゃのうまかぼだら、まにはんどまじんばらはらはりたや・・・おん!! おんあぼきゃ・・・・』
御坊のしわがれ声は屋敷中に、じんじんと響き渡るのである。
すると、水晶から突然青い光が、物体と繋がると、目も眩むような閃光が・・・
”ピカッ!!”
『魔物よ!・・・退散・・・!』
これに続いて、庭に躍り出た源右衛門が、将門の弓を指ではじく、
”ビン!””ビン!””ビン!””ビン!”と2人の波状攻撃に、さすがの魔物も大きくのけ反る。さらに源右衛門は、藤原秀郷の弓に、鏑矢をつがえると、『南無八幡大菩薩!』今まで曲がっていた腰がしゃんと伸びて、きりきりきりと弓を引き絞り、ひょうとはなつと、
”ビューん!””ビューん!”と奇怪な音を立てて、みごとに魔物に命中するのであるが、矢は魔物を通り過ぎて、松の木にバシッと刺さるのである。
『なんと、鏑矢が、効かぬか!?』
次の瞬間、御坊と源右衛門は、魔物の体当たりをうけ、ドッシーンと突き飛ばされるのである。
甲斐姫は、
『伝家の宝刀を抜くは、この時か・・・?』
甲斐姫は、古来より、成田家に伝わる名刀”浪切り”の塚に手をかけ、キラリと抜き放つとぴたりと正眼の構え。刀先からは、稲妻のごとくピカッ、ピカッと、青白い光を放つのだった。
魔物めがけて、右に左に”浪切り”の太刀を振るうと、魔物めがけて、ピカッ、ピカッと、スーッと青白い光が伸びて、魔物を包み込むのである。
『オッー・・・オッー!』
『待って! お前 見えるんだね! そうか、お前見えるんだ! 小さい頃から目の見えないお前を不憫に思っていたんだよ。この子が大きくなったらどうしよう。母はいつまで、お前の目の代わりが出来るだろうか? といつも安じていたんだよ。・・・そうか、こういう事だったんだね。』
大きな光は、しだいに小さな柔らかな光へと変わっていくのである。
やがて魔物は、蛍のような、一つの小さな光のつぶとなり、庭の池の周りを一回りすると、一陣の風と供に、いずかたともなく飛び去るのであった。
剣豪、宮本武蔵の『枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず)』である。
この絵は、…兵法の極意を究めた、宮本武蔵が、枯れ木のてっぺんから、上から目線で、世の中を見渡している…というような生易しい絵ではない。 枯れ木の中程に、一匹の小さな芋虫を見つけた時、この絵が震えるような緊張感に包まれ、見る者は、ハッと一瞬にして凍りつく。・・・いったい武蔵は、何を描いたのか・・・?
・・・・・一途な思いで、ひたすら高嶺を目指して、生きる芋虫。たとえその先に、強敵百舌鳥(もず)が待ち構えていようとも・・・・・芋虫は、歩みを止めることは、無いであろう。
源助がたずねて言うには、
『甲斐姫様、魔物は、いかがいたしたのでしょう。明日も又、襲ってまいりましょうか。』
『もはや、魔物は、二度と襲っては来ぬであろう!、まだまだ、我らは、修行がたりぬは・・・のう・・・御坊!』
『いかにも・・・!』
甲斐姫の後ろでは、矢沢達が源右衛門の教えを乞いながら、弓を引いているのでありました。
その後、盧伯斎と甲斐姫は、二匹のキツネの為に、庭の片隅に小さな祠を建てたのでした。
とりあえず、完!!!
陸前高田市の吉田俊吾先輩と そのご家族に捧ぐ……
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