★●ある日の電車の中で●○




ある日の電車の中で


 ある寒い冬の日の午後7時頃、会社帰りの高崎線の電車の中での出来事だった。社内は、そこそこ混んでいて、次の大宮駅まで、あと5 . 6分というところ、 立ったまま、じっと我慢のひとときだった。

 これは、埼京線のガチャピン電車


 突然、隣から可愛らしい女性の声が…、
 見ると、30歳位の おとなしそうな女性が携帯電話で、通話中だった。
『あっ、はい、今、電車の中なんですよ。うなずくだけにしますから、はい、えっ、はい、主任が、えっ、あっ、主任が、あっ、はい、主任が、だから、主任が…
主任だって、言ってんだろ!!

 一瞬にして、凍りつく車内……、

(何があったの…? お願い、教えて!!)
 
 電車が、大宮駅に着くか着かないかのうちに、顔を真っ赤にしたその女性は、車外へ飛び出すのだった。
 
 
 大宮駅でどっと人が降りると、車内は少しすいて、私が降りる上尾駅のひとつ手前の宮原駅まできた時、次のようなアナウンスがあるのだった。
『まもなく宮原です。この電車は、次の宮原駅で、特急電車の通過待ち合わせのため、4分ほど停車いたします。ドアの開閉は、半自動扱いとさせていただきます。お降りになるお客様は、ドア横の開くボタンを押して、お降りください。車内保温にご協力ください。』


 この電車は、宮原駅で特急電車の通過待ちのため、4分停車するのだった。ひとしきり乗降客が乗り降りすると、ドア横の座席に座っていた一人のサラリーマン、突然、立ち上がると、携帯電話に出ながらドア横の開ボタンを押して、さらに器用なことに、閉ボタンを押しながら、慌てて車外に走り出るのだった。


 ふと見ると、さっきまで座っていた座席には、かのサラリーマンの黒いかばんが、置いてあった。
 
(あら、あの人、かばん置いていっちゃったよ! 大丈夫かな…。)

 外のホームのベンチのそばには、サラリーマンが、携帯電話で通話中、やがて、ホームの向いの番線には、特急電車が、ポッワ〜、ゴー、ゴーと走り去っていくのだった。

 サラリーマンは、まだ、電話中であった。

(分かってるよね、もうすぐ、この電車は、発車するんだよ…!)

 もちろん発車する前に、一度すべてのドアは、開くのだった。
 かのサラリーマンも、扉が開くと、おもむろに、もとの車両に戻るのだった。

(ああ、よかった…。この人、落ち着いた人だな〜)

 ところが、突然、かのサラリーマン、立ち上がると
 『あっ! ケーキが無い! あっ、置いてきちゃった!』
 ぱっと外を振り返ると、ホームのベンチの上には、蛍光灯にスポットライトのように照らされた、しゃれた小さな四角い小箱が浮き上がるのだった。
 その刹那、無常にも、ドアは、ピシャリと閉じられたのだった。

(あ〜、この人も、普通の人だワ……)

 しばし、天を仰いだサラリーマン。彼にとって、次の上尾駅までの5分たらずが、地獄のように長っかたに違いない。
 いっそ、自分が、ホームに置き去りにされた方が、はるかに気楽だったに違いない。

 なぜなら、それは、私だったから・・・・。


 やっとのことで、私が降りるはずだった上尾駅に着くと、今度は上り電車に乗り換えて、宮原駅へ向うのであった。さすがに上り電車は、ガラガラ状態、長いすにドンと座るのである。目の前の、広告募集の中刷り広告を眺めながら……。

(やっぱり、世の中不景気か…?)

 すると、ちょうど正面に座っていた、ニッカボッカを穿いた作業員ふうの男が、そーと近づくと、私の顔を覗き込み、ドスのきいた声で、

『オー、かね、出さんかい!
『オー、金、出さんかい!

(今度は、恐喝かよ………、ついてないな〜)

『あの〜、お金ですか〜! ?』

『オー、かね・・・・? あ〜、人違いか…!』

(もしかして、それって、金田さん?)

 人違いで一件落着

 宮原駅に着くと、急いで今度は、下りホームのベンチへまっしぐら………、ベンチに、あのケーキを発見!

(あ〜、よかった! )

 
 しばらくして、下り電車が着き、電車に乗り込むと、やっと一安心………。

 その車両には、大きなバッグを持った部活帰りの女子高校生が、4、5人ぐるっと輪になって、おしゃべりの真っ最中であった。

『ミキさんが言ってた、パンナコッタって何?』
『パンナコッタって、なんのこった?』
『・・・・・。 おいしいよ・・・・・・・・。キャハハ!』

『社会の山本先生が言ってた、ムチ打ちの刑って、どうやるんだろうね?』
『ムチで叩くんじゃない。ピシッ、ピシッ、って』
『あ〜あ、ムチってそっち……、わたし、むち打ち症のことだと思った。』
『後ろからさ、肩つかんで、揺するんじゃない。こうやって、…、…、…、キャハハ!』

『うちのお父さんが、長野に出張に行って、海苔の佃煮を買ってきたの、お母さんに、どうして長野のお土産が海の海苔なの?って。 そしたら、「珍しかったから。」って、・・・そりゃ、そうよね!! キャハッハッ!』

『お兄ちゃんがね、ハワイに新婚旅行に行ってね、お香の、お土産買ってきたの。お香よ、いい匂いのするお線香みたいなやつ、そしたら、メイドイン・ジャパンだったの。キャハハ!』

(ああ、よくある話だね……!)

『あのね、お姉ちゃんがね、京都ですり胡麻を買ったらね、トルコ産だったの。これが本当の”胡麻に、ごまかされた”って、 キャハハ!』

(おやじギャグじゃないの……?!)

『トルコ産ってとこが、すごくね! 』
『”すり胡麻”と”ゴマスリ”って、似てるよね。』
『”カレーライス”と”ライスカレー”みたいなものよね。』

(違うでしょ……!)

『あんね、家の近くに、カレー屋さんができたの、それが、名前が”華麗なるカレー屋さん”って言うの。面白くネ? 何が”華麗なるカレー屋さん”よね!』
『どこが、華麗なの?』
『メニューに、彼(カレー)が自由に選べますって。キャハハッ!』
『彼が自由に…? そりゃ華麗だわ!! キャハハ!』

(なるほどね……!)

『問題です。人間の体の中で、”カタ・カタ”いうところは、どこでしょう?
 ”カタ・カタ…””カタ・カタ…”』
 と、同時に肩をゆするのだった。
『・・・・・。』
『あっ!分かった! ”カタ・カタ…”・・・肩ね!』
『ブッ・ブッー! 正解は、”カタ・カタ”いうところは、・・・この”口”でした。 キャハハ!』
『・・・・・。』

(う〜ん、やられた……!)

 ついに、電車は、上尾駅に到着し、ドアが開くのだった。

(あ〜あ、ここで、終わりか! 高校生恐るべし! この続きが、聞きたい!!)


 これは、埼京線のムック電車 


『問題です。岡部町のトマトは、何色でしょう? 知ってる??』
『・・・・・。』
『トマトだから、赤? いや裏をかいて…黄色かな?』

『正解は、”岡部町のトマトは、真っ赤だべ” でした。キャハハ!』
『それって、”真壁町のトマトは、真っ赤だべ”という”オチ”じゃないの……?
 ハッ!

(一瞬にして、凍りつく……私!!)


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