■左見の木斛(もっこく)■



 むかしむかしのお話です。旅の薬屋が、西の村から東の村へ向ってトコトコと歩いておりました。 ぽかぽかと春の日差しが暖かな、とても良い日和でした。そして道の両側には、背丈ほどもある菜の花が見渡す限り一面に黄色い花を咲かせておりました。
 しばらく行くと道の左側に大きな木斛もっこくの木がありました。
木斛もっこくの木の根方に座って、一休みすると又、東の村に向ってトコトコと歩いて行くのでした。


 しばらく行くと、東の村の入り口にみごとな満開の桜の大木がありました。ここちよい春風に吹かれて当たり一面、夢のような桜吹雪だったのでした。
 立ち止まって、見とれていると、・・・
「あ、いけねえ! 西の村の庄屋様の家に”そろばん”を忘れてきた。まだ、日も高いし、取りに戻るか。」
と、急に”そろばん”を忘れたことに気がついたのでした。そこで背中に担いだ薬箱は、重いので桜の木の裏側に草で隠して置いていくことにしました。

 薬屋は、今来た道をトコトコと戻って行くのでした。
すると、道の左側に先ほどの木斛もっこくの木がありました。なにげなくそのまま通りすぎ、まもなく西の村にたどり着くのでした。庄屋様の前まで行くと、
「あれ? そういえば、おかしいなあ〜。 さきほど東の村へ行く時には、あの木斛に見えたはず、同じ道をもどったのだから、今度はに見えるはずではないか・・・・・・? でも西の村に無事に戻ってきたなあ・・・・!」

「おかしいなあ・・・・・・? 」

 庄屋様の家に入ると、満面の笑みを浮かべながら奥方様が飛び出てきて、
「薬屋さん、大切な”そろばん”を忘れてますよ・・・・オッホホホホ・・・」
そこで、薬屋は、さきほどの話をするのでした。
 庄屋の奥方様は、急に顔色が変わって、ちょっと怖い顔でこう答えるのでした。
「おまえさんは、忘れ物を取りに戻ったので、あのことを知ってしまったのですね。」
あのこと・・・ですって・・・・?」
「実は、西の村と東の村の中ほどには、木斛もっこくの大木があって、その木は、”左見の木斛”と言って、西から東、東から西どちらから通っても、道の左側に見えるという不思議な木斛なのですよ。」
 と、さらに、真面目な顔で、
「もう一度、東の村へ行くのなら、十分に気をつけるのですよ。もし、あの木斛が道の右側に見えたのなら、間違いなく魔界の世界に引きずり込まれているのですから、 くるりと反対を向いて木斛を左に見て、今来た道を一目散に逃げるのですよ。 なにしろあの木斛は、”左見の木斛”左に見えるのが正しいのですよ! そして、東の村の入り口にある桜の大木に着くまで、けして立ち止まってはいけませんよ。何があっても、振り向いてもいけませんよ。二度と魔界から戻れなくなりますよ。昔からあの道で、神隠しにあって戻ってこない人はたくさんいるのですから・・・・!!」

「へえ・・・! そんなことが・・・本当にあるのですか・・・?
忘れ物の”そろばん”を受け取り懐(ふところ)にしまうと、東の村めざして、又トコトコと歩き始めるのでした。


 しばらく歩き、”左見の木斛”に近づくころ・・・、西の空は黒雲に覆われ稲妻がゴロゴロ!! さらに黒雲は、どんどんこちらに、流れてくるではありませんか。そして、あたりは急に薄暗くなり、今にも雨が降り出しそうになるのでした。
「急がないと、たいへんだ!!」
 ふと、道のかたわらを見ると、左の草の陰に小さな立て札がありました。その立て札には、
”東の村への近道”と書いてありました。背丈ほどの草をちょっと払うと、左に別れ道があるではありませんか。薬屋は、
「雨も降りそうだし、近道ならちょうどいいか・・・行ってみるか・・・!」
と、分かれ道を左に、そして小走りに走り出したのでした。しばらく行くと、

「ありゃ!?」 なんと道の右側木斛の大木が見えたのでした。そして、黒い人影が・・・

 さらに近づいてよく見ると、薄桃色の花柄の着物を着た若い娘が、木斛の周りをぐるぐるぐるぐると、右回りで回っていたのでした。 薬屋は、西の村の庄屋の奥方様の言葉を思い出すのでした。
「・・・もし、あの木斛が道の右側に見えたのなら、間違いなく魔界の世界に引きずり込まれているのですから、くるりと反対を向いて、今来た道を一目散に逃げるのですよ・・・
 薬屋は、若い娘に近づくと、
「娘さん、そっちは反対だ、こっちだ!!!」
と、言うが早いか、さっと娘の手をとると、木斛の大木を左に見て走り出したのでした。
どんどん走っていくと、後ろから、太い大きな声で
「こら、待て・・・!! 今夜のわしのご馳走よ・・・待て!!」
「待てと言われて、待てるものか?・・・ ご馳走だって!? ・・・・こんな時、魔よけ封じのおまじないでもないものか? もっとよく、庄屋の奥方様に話を聞いておけばよかった!」
後ろの声は、どんどん大きくなり、頭の上に何かが覆いかぶっさるような・・・
「もう、だめだ !!!!」
その時、懐(ふところ)から”そろばん”がすべり落ちたのでした。
「あ、”そろばん”が・・・」
すると、後ろから、
ズルズル、ドッシーン!!

 急に後ろが静かになると、あたり一面急に明るくなり、目の前にみごとな満開の桜の大木が現れたのでした。


「あ! 助かった!!!! でも、ほんとうに助かったのかな? そうだ!!!」
桜の木の後ろを探すと、隠しておいたあの薬箱があったのでした。

・・・・・・・・・・・



実は話は、ここでおしまい。・・・では、この先の話は、・・・

@若い娘は、薬屋に感謝して、二人は結婚し、めでたし、めでたし。いちおう Happy End

A寅さん風に、桜の木の下で転寝をしていて、目が覚めたのでした。つまりすべては”うたかたの夢”だったのでした。

B実は、若い娘こそ魔物であった。薬屋の運命やいかに・・・・これは恐い!!・・・・

C若い娘は、桜の木の化身であった、木斛の化身の魔物とは、数百年来の敵同士であった。今度は、薬屋の力を借りて、再度魔界へ、リターンマッチ・・・薬屋の運命やいかに・・・・!!

Dそもそも、木斛の化身の魔物とは、庄屋の奥様だった。そういえば・・・・あの時からがすでに魔界の世界だったのかも・・・・・ ということは、いまだに薬屋は魔界の世界に囚(とら)われの身???
キャッ キャッ キャッー!!!



 子供の頃、おばあさんから聞いたお話です。今思い返すと、けっこう意味深ですよね。 そもそも、子供でも分かりますよ・・・”左見の木斛なんてあるわけないじゃないですか。” ところが大人になると気がつきますよね。
”あるはずもないものが、現実で、あるべきものが、幻影まぼろしだったりすることが・・・多い”ってことを・・・?? 


あら? このページも魔界の世界?


ミステリー編メニューに戻る