★Ride On Time(決断)▲



Ride On Time(決断)

 ・・・そうあれは・20年前・・8月中旬・・・ある日の日曜日のことだった・・・

 ブロッロローロー、心臓を揺さぶるような、心地よいレシプロエンジンの響き・・・・、その日の四つ菱 2000 GOXは、快調だった・・・。
 武司の愛車は、夏のボーナスを待ちきれずに買った、新車の赤いスポーツカー、滑らかなボディライン、活きのいいアグレッシブな加速力、何物にも変えがたい恋人以上の恋人だったのでした。



 その日の天気予報は、朝から雨、そして午後から徐々に回復に向かうというものだった。武司は、高校時代からのバンド仲間の浩志と明美を誘って3人で、東秩父にドライブに行くのだった。

 武司は、本川越駅で午前7時に浩志と明美と待ち合わせると、2人を乗せて一路国道254号線を、東松山目指して北上するのだった。
 運転しながら武司はおもむろに浩志と明美に向かってこう切り出したのだ。
「二人は、できてるだろう・・・ハハハ・・・俺、前から気づいてたよ! いいな〜 おれも彼女がほしいよ・・・あ、俺には、この車があったか・・・ハハハ・・・」


 そんななか、明美は朝が早かったのか、うとうとと寝てしまうのでした。20分も快調に走っただろうか、突然の渋滞となったのだった。
「どうしたんだろう・・・何かあったのかな・・・」と武司は、つぶやくのでした。

 しばらくすると、ピーポー・ピーポーと救急車の近づく音が・・・。
「なんだ、交通事故か・・・」
 すると突然、4・5台前の車が細い道に左折していくのです。
「ここは、どこだ・・・」
「北園部か・・・」
 突然、浩志は、何かひらめいたように言うのでした。
「あ、思い出した・・・ここを左に行こう!・・・。道は狭いが、ここを行くと北坂戸に抜けられるよ。北坂戸から、東松山の動物園へ行く道に、繋がってる。途中、高坂駅前を通って関越道の側道を通うれば、東松山の市外へ抜けられる。以前この抜け道を友達と走ったことがある。・・・このまま当てもなく待つよりは、ましだよ、行ってみようよ。」
 前の車が2.3台抜けたので、左折するチャンスは、すぐにやって来るのでした。
「よし行こう、左折だ! 前の車に付いて行こう。」

「待って! だめ! 行っちゃだめよ!」
 と、明美が言うのでしたが、武司は、
「ここで、行かなきゃ・・・今がチャンスだよ・・・」
「・・・そうだ、行こう!」
・・・ブロッロローロー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 浩志の言ったとおり、無事に、3人は北坂戸から、高坂、松山の市外を抜けて東秩父へ向かうのでした。
「予定よりもはやいね・・・ピタゴラスの定理だね! つまり、3角形の一辺は、他の二辺の和よりも、短いってことだよ・・・ワッハハ!」
 と、すっかり浩志は、有頂天となっていたのです。

 しばらく行くと、急に西の空が真っ黒になると、突然、バケツをひっくり返したような、どしゃ降りの雨となるのでした。道路の側溝は、あっという間にあふれ出し、道路は一面水浸しとなり、溢れた水を左右に押しのけるように車は走るのでした。
「すごい雨だね。雨宿りがてら、トイレタイムもかねて、どこかで一休みしようか。」
 目の前の緩やかな、右カーブの左手正面に、大きな杉の木に囲まれた古いお寺が見えたのです。
「ここで、一休みしよう。」
 車はまるで磁石に引き寄せられるようにその寺に入っていくのでした。そこは、大きな仁王門のある立派な古寺だったのでした。


 少し雨も小ぶりになったので、3人は車を降りて、武司と浩志は、トイレに向かい、明美は、何気なく吸い寄せられるように、りっぱな古い本堂にむかうのでした。本堂からは、低く静かに、般若心経の読経が聞こえてくるのでした。
 明美が、本堂の格子の間からそっと覗くと、そこには鮮やかな緑の法衣をまとった住職と思われるお坊さんと、その前に一つの棺があったのでした。そして、棺のうえには、なにやら白いものが・・・・あれは・・・白い帽子・・・
「あ、!」と、なにやら見てはいけないものを見たように、明美は、ゆっくりと、ゆっくりと後ずさりするのでした。
 
 明美は、車にもどると2人に、本堂で見たさきほどの話をするのでした。
「なんだか、気味が悪いワ、早く行きましょうよ!」
 三人は、そそくさと車に乗り込むと、急いで出発するのでした。
 突然、真っ黒な雲に覆われあたりが暗くなると、またしてもザーザー振りの雨となるのでした。
 
 また少し走ると・・・
「あ、犬だ!」
 目の前に、突然真っ白い大きな犬が・・・
 キーキー、武司は急ブレーキを踏むと同時に、ハザードランプを付けたのでした。
「あの犬、足を怪我しているワ」と、明美が・・・・
 車は、ゆっくりと犬の傍らを・・・・
 その犬は、足を引きずりながら うつろな目で、ふらふらと、道の真ん中を歩いていたのでした。


 それから、2・3分も走ったでしょうか、何気なく一つの交差点を通りすぐるのでした。武司が、突然
「あ、あの交差点事故でもあったのかな・・・、道の傍らに花束があったぞ・・・」そして、さらに・・・
「あ、いけない今の交差点を左だ!・・・行き過ぎた。どこかでUターンしなくちゃ!」
 又、ちょっと走ると、さいわい道路の右手に小さなコンビニを発見、
「シャッターが閉まってるぞ、ここでUターンしよう。」


 さきほどの交差点に戻ろうと今来た道を戻ると、・・・道の傍らに白い麦わら帽子に、白いワンピースを着た、中学生くらいの女の子が・・・一人たたずんでいるのでした。

 車は、自然と、まるで女の子にひき付けられるように・・・そして、女の子の前でピタリと止まったのでした。
 浩志は、窓を開けると、
「どうか・・・しましたか?」
 青白い顔に真っ青な唇をしたその女の子は、・・・弱々しい声で・・・
「白い犬を見ませんでしたか?」
「え、白い犬だって? 確か・・・この辺だったかな・・・さっき足を引きずった白い大きな犬が、道の真ん中を歩いているのを見ましたよ。」
「それより、こんな雨の中をどうしたのですか、かさはどうしたのですか・・・びしょ濡れではないですか・・・」

「それが・・・よく分からないのです。犬と散歩していたの・・・」
「とにかく、この雨では・・・あなたの家まで送ってあげましょう、犬の散歩なら家はこの近くでしょ・・・それに、犬なら先に家に帰っているかもしれませんよ・・・、とにかくびしょ濡れだ、早く車にお乗りなさい。女の子もいるし3人ずれですから、怪しむこともありませんよ。どうぞ・・・」

「ありがとう、それなら乗せていただくは・・・」
 女の子を乗せ、少し走ると、
「次の交差点を右に行ってください・・・」
「はい、僕達も次の交差点を右に行きたかったのですよ。そう言えば、あの交差点、事故でもあったのですか、道の傍らに花束がありましたよ・・・」
と、武司はその女の子に話かけるのですが、・・・女の子は、ただじっとうつむくのです。

 そして、ついに、又あの交差点に差し掛かるのでした。
「あれ、さっき通った時には、あそこに花束があったのに・・・・」来るときにあった花束がなぜか、もう無くなっていたのでした。
 信号は、青信号、対向車がちょうど途絶えて、右折のチャンス、武司はハンドルを右にスルスルときるのでした・・・・
 私は、突然そこに白い犬をつれ、白い帽子をかぶった女の子を見たのです。
「あ、危ない! ぶつかる!」
車は、交差点の真ん中で止まったのです。ところが今度は、車の正面から大型トラックが・・・あっ、センターラインを超えて、車の真正面に向かってくるのです。
ブオオオ〜ン、けたたましいトラックのクラクションの音が・・・
「うわ〜ぶつかる!」  ガッシーン! ドッシーン! ガラガラ・・・!
 もうそのあとは、何がどうなったのか・・・・



 気がつくと、そこは、病院のベットの上でした。周りを見渡すと、両親が・・・・そうか、事故は、避けられなかったのね・・・・
「明美、気がついたか、しっかりしろ・・・!」
「ねえ、武司と浩志は・・・!」私はあたりを見回したのでした。

 父は、意を決したかのように、こう切り出したのでした。
「浩志君は、隣のベッドにいるよ、重症だが、命は大丈夫だ・・・ただ、運転していた武司君は、残念ながら、亡くなってしまった・・・明美は、偶然にも軽傷で、助かったんだよ。ただ、頭を打っているようなので、しばらくはこの病院で、安静にしてなきゃならない・・・。武司君も最後まで、回避行動をとって頑張ったんだろう、トラックには、運転席側をぶつけて自分が犠牲になったんだ・・・」

「おとうさん、女の子は・・・? 白い帽子の女の子は? もう一人車に乗っていたでしょ・・・」
「女の子だって・・・ 車には、3人だけだよ・・・武司君と、浩志君と明美の3人じゃないか・・・疲れたんだろう、さあゆっくりお休み・・・」

 それから2日後が、武司君のお葬式でした。両親は、武司君のお葬式に出かけてしまい、山の中の小さな病院の一室で、私と浩志の二人だけとなったのでした。
 私は、隣のベッドの浩志にそっとたずねるのでした。

「浩志君、あの日のこと憶えてる? 白い帽子の女の子憶えてるよね・・・」
「明美、憶えてるよ、全部憶えてるよ・・・ 白い帽子の女の子だろ・・・あの子はいったい何だったんだろう。あの日は、最初から、不思議なことばかりだった。・・・交通事故による渋滞、突然のにわか雨、古いお寺と、一つの棺、白い犬、通り過ぎた交差点、傍らの花束、ユーターンすると、白い帽子の女の子、そして、交通事故・・・すべてが、意味ありげにつながっているような・・・すべてが・・・」

 その時突然、コンコン・・・病室のドアをノックする音が・・・
 そして、病室のドアが静かにゆっくりと開いたのだった。
「やあ・・・ここにいたのか、探したんだぜ・・・」
ドアが開き・・・そこには・・・武司が・・・
「武司君、生きていたの・・・!!・・・今日は、・・・」
「俺、車以外に、彼女ができたんだぜ・・・紹介するよ・・・明美って言うんだ!」
「あ・・・」

そこに、たたずむのは、あの白い帽子の女の子だったのでした・・・

「武司君・・・今日は、あなたのお葬式なのよ・・・」
隣の浩志を見ると、真っ青な顔で、体が、ガクガクと小刻みに震えているのです。

「何を言ってるんだ・・・これから皆で、出かけようよ! さあ浩志いくぞ!」
 浩志の顔は、もう真っ白。体は、ピクリとも動かないのです。

「待って! だめ! 行っちゃだめ!」
「ここで、行かなきゃ・・・今がチャンスだよ・・・」
「・・・そうだ、行こう!」
・・・
ブロッロローロー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




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